参加したライブの感想とかいろいろ。
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音人3月号を読んだ翌日の感想


(この記事には音楽と人3月号の中田裕二インタビューを読んだ感想を書いています。
ネタバレになりますのでご注意ください)






音人を読みました。(金光さんに心から感謝)


もう出ないと思ってた涙が自然にあふれたのには、驚いた。(何の涙なんだろう)
裕二さんの痛みの一部に触れたからかな。
3人の表情がやさしくて穏やかだったからかな。
感想を、誤解をおそれず一言でいうとするなら、「しかたない」
これに尽きます。
頭がぐちゃぐちゃだと言いながらも、
貴樹がいなかったら椿屋四重奏じゃない。
裕二さんのこの言葉は揺らぎないと思った。
この言葉が切なくもあり、そして、嬉しくもあった。
私もそう思う。
だから、仕方ないなぁって。
「時期がきた」の意味が、なんとなくだけど見えた気がする。
ある時から、1つの点に向かって列車が進んでいて、
いくつかの要素がそれを早めたり、遅らせたりしながら、
紆余曲折あったけれど、それがそこに辿りついた。辿りついてしまった。
何か、何かがあればその道筋は変えられたのだろうか?
それを考えてももう、しかたない。
全てはもう収束していて、
メンバーのそれぞれもすっとした顔をして。
みんな新しい方を向いて、歩きだしている。
明るい光が見えている。


くやしいくらいに纏まりすぎていて、ぐぅの音もでない。



バンドはむいてない。バンドはもうしない。
この言葉が凄く、突き刺さっていたかった。
私は、裕二さんの描く世界と歌声と、バンドサウンドが織りなす音楽に惚れたんだ。
裕二さんの歌声とギター、貴樹さんのベース、りょうちんのドラム。
これらがひとつの音楽を奏でることはもう、ない。
それを認めなくてはならない。苦しい。
しかもタチが悪くて、少し時間がたったころにまた襲ってくる類のかなしみだと思う。
だってもっと聴きたいんだ、椿屋四重奏というバンドが紡ぐ新しい音が。
聴きたかったんだ…


経緯は分かった。でも嫌だ!って 子供か!
駄々をこねてるのは重々承知。
(これもまた、わめいたところでしかたのないことと分かっている)
ただ簡単に納得できない、それくらい、好きだってこと。


(多分ひと握りも理解できてないと思うけど)
色んな物全部背負い込んでたえず葛藤し続けた裕二さんの苦悩を
限界を感じはじめてから決心を告げるまでの貴樹さんの心境を
泣いてベロベロになるまで泥酔したりょうちんの椿屋に対する愛を
思うと胸が痛くて、せつなくて、そしてすごくいとおしい。
やっぱり私は椿屋四重奏が大好きだ。
何もかもが決まった上で、気持ち全部おしかくして、
ツアーを笑顔で敢行してくれた椿屋、手島さん並びに関係者の方々には頭が下がる。
発表時、何も教えてくれないなんて残酷だ、と思う気持ちも、正直、あった。
でも今は感謝してる。
だってツアー中本当に楽しかった。
幸せだったから。



編集後記のりょうちんが相変わらずのりょうちんすぎて笑った。
椿屋四重奏として同じステージに立つことはなくても、
皆がこれからも笑いながらお酒を交わしあえるような関係であろうことに、
すごく救われた気持ちになる。


裏側はつぎはぎだらけだったかもしれない。
それでもいつも椿屋四重奏はキラキラと美しい世界を私に見せてくれた。
幕切れまで鮮やかに咲き誇ったまま。(そして今もこれからも)


椿屋四重奏。ありがとう。ありがとう。大好きだ。
お疲れ様。ありがとう。
ありがとう。


(音人を読んだ翌日の感想。殴り書き。)

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